コロナ死よりはるかに多い「外出自粛死」「経済自粛死」の恐怖

緊急事態宣言は5月末に解除できるのだろうか。精神科医の和田秀樹氏は「外出自粛の結果、コロナによる死者よりはるかに多くの『自粛死』が出るおそれがある。専門家会議や政府の決定は『集団的浅慮』のパターンに陥っている」という——。

■蔓延する「自粛・休業=絶対善」でない人を敵視する嫌な風潮

緊急事態宣言が5月末まで延長された。


「自粛・休業=絶対善」でない人を敵視する風潮が蔓延している?

今回は、一定の感染防止策を前提に社会・経済活動の再開が一部容認され、全業種で休業要請を解除する自治体もある。また、5月14日と21日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の意見を聴取して解除の検討をすることも発表されている。

しかしながら、特定警戒都道府県は13のままで、外出の自粛や飲食店などの休業要請は引き続き行われている。

私が問題にしたいのは、日本列島に蔓延する「自粛・休業=絶対善」で、そうでない人を敵視し、異論の主張を認めないという嫌な風潮だ。

■今、多くの日本人は「集団的浅慮」の状態にある

アメリカの実験心理学者アーヴィング・ジャニスは、集団がストレスにさらされ、全員の意見の一致を求められるような状況下で起こる、思考パターンを「集団心理(グループ・シンク)」「集団的浅慮」と呼んだ。

その兆候としてジャニスは下記を挙げている。

・代替案を充分に精査しない

・目標を充分に精査しない

・採用しようとしている選択肢の危険性を検討しない

・いったん否定された代替案は再検討しない

・情報をよく探さない

・手元にある情報の取捨選択に偏向がある

・非常事態に対応する計画を策定できない

感染症学者の意見は、要は「外出自粛で家にこもっておけ」というもの。だが、同じ医療者でも精神科医や免疫学者の中にはそう考えない人もいる。彼らの中には、徹底した自粛ではなく、健康維持のために、むしろ「日に当たって散歩」などを推奨する者もいるはずだ。そういう意味で専門家会議や政府の要請は代替案を十分に精査しているとは言えない。

口を開けば「感染症拡大防止のため」と錦の御旗を振りかざす政府や首長だが、本当の目標は、コロナ禍に伴う死者や後遺症を少しでも減らすことであるはずだ。

■外出自粛という「軟禁状態」が1カ月延びたことによる弊害

時に死のリスクも伴う、うつ病やアルコール依存、またロコモティブシンドローム※(その後の寝たきり状態を含む)などを増やさないという目標がないがしろにされている。

※骨や関節、筋肉など運動器の衰えが原因で「立つ」「歩く」といった機能(移動機能)が低下している状態

政府が提示するのは、「自宅に引きこもれ」という選択肢のみだが、自粛を強いることの負の側面・危険性は何も言わない。そして、経済的な側面を含め、アフターコロナの出口戦略がほとんど策定できていない。

写真=iStock.com/Ake Ngiamsanguan
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Ake Ngiamsanguan

未知のウイルスの感染拡大は止めなければならないが、それと同じように経済がボロボロになり、大量の失業者が出ている現状にも歯止めをかけなければならないはずだ。

筆者には専門家会議や政府の決定は、まさにジャニスの「集団的浅慮」の特色を有しているように見える。この状態になった際の集団の行動パターンは以下のものが挙げられる。

・自分たちは無敵だという幻想が生まれる

・集団は完全に正しいと信じるようになる

・集団の意見に反対する情報は無視する

・ほかの集団はすべて愚かであり、自分たちの敵だと思う

・集団内での異論は歓迎されない

・異論があっても主張しなくなる

(出典:井上隆二・山下富美代『図解雑学・社会心理学』ナツメ社)

■自粛=正解・正義の人たちから袋叩きされる

今、筆者が外出自粛よりもメンタルヘルスの向上が大事だと言って、気晴らしパーティのようなことをやったら、自粛=正解・正義と思っている人たちから敵視され、袋叩きにされるだろう。

私は外出自粛や人と会わないようにすること、また店を休業することがいけないといっているわけではない。ほかに案がないか考える必要があるし、外出自粛や休業などによって生じるリスクや副作用を考え、それを最小限にするために必要なことも考えるべきだと言っているだけである。

■隠れ「コロナ鬱」が増えているのに精神科の外来患者は減ったワケ

日本の自殺者数はピークの2003年には3万4000人を超えていた。その後、自殺予防対策が講じられ、2019年には2万169人まで減っている。

最近、雑誌や新聞などで「コロナうつ」の問題が取り上げられるようになってきたが、残念ながら政府からはそれに対するアプローチは出てこない。食欲不振や睡眠の質の低下(うつ病の場合は多くは熟眠障害)がコロナうつの初期徴候だと考えられる。

そうした症状の人は、精神的な負荷の大きいコロナ禍において増加していると予想されるが、精神科を訪れる人はきわめて少ない。なぜなら、外出自粛によりうつが誘発される可能性がアナウンスされず、また「病院に行って、コロナがうつるのが怖い」と考える人が多く、多くの精神科の外来患者は減っているからだ。

同じように、自宅にこもることで高齢者がロコモティブシンドロームになりやすく、それをきっかけに寝たきり状態になるリスクへの啓もうもほとんどなされていない。

こうした潜在的リスクに政府や官僚たちは気づいているはずだ。しかし、何もアクションを起こしていない。これはまさに集団的浅慮と言えるのではないか。

■自粛期間の長期化で精神的にまいって自殺する人も今後増える

緊急事態宣言の期間は当初、5月6日までの約1カ月だった。それが5月31日までとさらに約1カ月延長された。外出自粛の期間が2倍になったことで、うつ病、アルコール依存症、ロコモティブシンドロームになるリスクは確実に高まったはずだ。

2011年の東日本大震災の時もそうだったが、過大なストレスや苦難に見舞われた場合、人は最初の1カ月くらいは気が張っているが、それ以降にうつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)のような症状が急に増え始めるとされている。震災に比べて今回は被害者や死者数は少ないとはいえ、現在はうつ症状にならずメンタルをなんとか保っている人でも、自粛期間の長期化により、精神的にまいってしまう可能性は決して低くない。

うつ病の増加は自殺者数の増加に直結する。オーストラリアでは、今回のコロナ禍による自殺者が2020年は例年より最大5割増えるという予測がなされている(医師らを会員とするオーストラリア医療協会が5月7日に声明を発表)。日本でも4月30日、「廃業を余儀なくされる」と悩んだ、東京都練馬区のとんかつ屋店主(54)が焼身自殺したとみられている。

アルコール依存症にしても、仮に、この緊急事態宣言の期間が1カ月で終わっていれば、「酒量が増えたレベル」にとどまっていたけれど、さらに1カ月延びたことで、酒を飲んでいないとイライラしたり眠れなくなったりするような形で依存症レベルに突き進んでしまう人も出てくるだろう。

写真=iStock.com/adamkaz
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/adamkaz

高齢者がろくに外出していないで歩かないということにしても、1カ月なら筋力低下を最小限に防げても、2カ月となると要介護レベルに筋力が落ちる可能性は否定できない。とくに80代以降の高齢者はそうだ。

こういう危険を専門家会議や政府が真剣に検討したように思えない。むしろ感染者が減ってきて、この自粛政策がうまくいった部分ばかりが強調される。これが集団的浅慮によるものだと考えるのは、精神科医や心理学者の偏った見方なのだろうか。

■推定感染者100万人近くで死者200人の病気を特別視する必要があるか

もうひとつ、人々が「思考停止」もしくは「視野狭窄」を起こしていると感じることがある。

コロナウイルスによる国内の死者は、欧米と比べて非常に少ない。医療がいいのか、日本人の体質の問題なのかはわからない。日本に限らず、台湾や韓国、シンガポール、ベトナムも少ない。その一方でPCR検査数の少ない日本では、感染者数が非常に低く見積もられている可能性が高い。

現に慶應大学病院が4月中旬、「新型コロナウイルス以外」の患者67人に対して感染しているかどうか調べる検査を行ったところ、およそ6%(4人)の人がPCR陽性だった。

似たような結果は、ナビタスクリニック(東京・新宿/立川)でも出ている。202人中12人、5.9%が陽性だった(3月21日〜28日に調査)。

市中感染率が6%くらいだとすると、東京都内の人口で単純計算すると1395万人×0.06=83.7万人ということになる(実際にはすでに抗体ができている人も一定数いるので感染率はもう少し高いと推測することもできる)。

東京都のウェブページによれば5月11日現在、感染し入院したことがある人は累計で約4880人。死亡者は189人だ。

ここで思うのは、推定感染経験者数が100万人近くいる中で、200人弱の死亡者数の病気をそこまで特別視する必要があるのかどうかということだ。数字を軽視するわけではない。メンタルヘルスや高齢者の健康、そして経済活動に大きな犠牲を払う以上、検討するべきだと思うのだ。

■交通事故死は全国で年間約4000人、アルコール関連死も年間約5万人

たとえば自動車による交通事故死は全国で年間約4000人だが、自動車は世の中になくてはならないものなので、交通法規を定めることはあっても車の使用禁止という話にならない。また、アルコール関連死も年間約5万人に及んでいるが、一滴も飲んではいけないという法律を作る動きはない。アルコールによる社交機能やストレス発散機能という面を考えているからだ。

写真=iStock.com/Kameleon007
※写真はイメージです – 写真=iStock.com/Kameleon007

もちろん、これまでの筆者の主張は、「ひとりの精神科医」としての私見である。聞くに値したいと言う人もいるだろう。だが、異論に耳を傾けず、一方向だけの正義しかないと考えるとすれば、それは極めて危険な集団思考と言われても仕方ないのではないか。

本稿の趣旨は、本来賢い者をバカにしてしまう思考パターンに陥らないよう、読者自身に常に「自己モニター」をしてもらうことにある。コロナ対策に関していえば、「外出自粛こそ正義である」と思考停止に陥っていないか冷静に振り返ることで、自らの判断をより妥当なものにする、と私は信じている。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)

国際医療福祉大学大学院教授

アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。

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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)

引用元:BIGLOBEニュース

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