
村上春樹風に小説を書いてみよう【文体模写】―もし、村上春樹がホームセンターでアルバイトをしていたら―
はじめに
村上春樹が世界中で読まれている作家である理由を想像したことがあるだろうか。
村上春樹という作家が作り出す物語の多くはマイノリティに焦点をあて差別に抗う精神が見て取れる。彼のそのような姿勢が評価されているのかもしれない。
あるいは彼の描き出す登場人物の魅力に読者たちはとりつかれてしまうのかもしれないし、独特な比喩表現が心地よいのかもしれない。とにかく村上春樹の小説は読みやすく面白い。
巷で人気の文体模写―村上春樹。今日は僕もひとつ村上春樹風に小説を書いてみたいと思う。もちろん素人が書くものだから上手とはいえないけど、気楽に楽しんで頂ければ幸いである。
秋晴れの美しい朝の自宅から―
村上春樹風小説―『スウェーデンの森』
僕は二十二歳で、そのとき街の片隅にあるホームセンターでアルバイトをしていた。
ホームセンターについて特別な興味を持ったわけではないし、何かを言う権利もない。夏から秋に季節が変わるように、ただここにいただけに過ぎない。
天井のスピーカーから小さな音でBGMが流れ始める。ここで働く人たちだけがその音の意味を理解することができる。
そのメロディはいつものように僕を激しく混乱させた。いや、いつもとは比べものにならないぐらいに、激しく僕を揺り動かし混乱させた。
「大丈夫? 顔色がよくないみたいだけど」と佐伯さんは言った。
「大丈夫です。すこし目まいがしただけなので」
「目まい?」と彼女は僕の顔を心配そうに覗きこんだ。
僕は「よくあることなので」と言った。
「よくあること? バックルームで少し休む?」
僕は首を振って「大丈夫です。ご心配おかけしました」と微笑んだ。
「村上くんは頑張り過ぎだから」そう言って、佐伯さんはポケットの中からエナジードリンクを取り出して僕に渡してくれた。それはスーツを着たサラリーマンがコマーシャルをするエナジードリンクだった。
僕は随分前から佐伯さんのことが気になっている。それは好きというより興味といった方がいいかもしれない。僕が彼女について知っていることは隣町の大学に通っていること、お付き合いをしている人はいないということ、清潔で控えめなメイクと飾らない服装が似合うということだけだ。
佐伯さんもおそらく僕の気持ちに気付いている(と僕は思っている)けど、それ以上でも以下でもない。だけど次に仕事がいっしょになった時には声をかけようと思っている。
十一月の冷ややかな空気がイチョウ並木を黄色く染め始めた頃、僕は佐伯さんに声をかけた。
「佐伯さん、今度一緒にご飯でもどうですか」
「ご飯? それはデートと思っていいのかな」
「デートだと思います」と僕は顔を赤らめて言った。
佐伯さんはにっこり微笑んで「いいわよ。行きましょう」と言った。彼女の笑顔は本当に素敵だった。彼女が微笑むと世界中が微笑んでいるように感じた。
「よろしくお願いします」
僕は天井からいつも流れてくるBGMを、まるで世界からすべての争いが消え去った日のような清々しい気持ちで聴きながら品出しをはじめた。
待ち合わせ場所は駅前にある古い喫茶店だった。マスターはたまに不機嫌そうにカップをふいているけど、丁寧に淹れてくれるコーヒーはとても美味しいしレコードから流れる音楽もセンスがいい。
約束の時間になると佐伯さんはやってきた。上質なフランネルのシャツにタータンチェックのスカート、そしてきちんと手入れされた茶色いスエードの靴という格好だった。
「お待たせ」と佐伯さんは少女のように肩をすくめた。
僕らはたわいのない話をした。好きな本や話題の映画の話、大学での専攻のことなど。佐伯さんは英米文学を専攻しているという。高校生の時に読んだフィッツジェラルドの『グレート・ギャツビー』に感銘をうけて、もっと深く学びたいと思ったから。
もちろん、僕についても少し話をした。大学では演劇を専攻していること、父は田舎で国語の教師をしていて(口うるさいということは言わなかったけど)母は英語の教師をしているということ。
「演劇って芝居をするの?」と佐伯さんが訊いてきた。
「いや、そういうのではなくて戯曲を読んだり研究するわけさ」と僕は笑いながら言った。
佐伯さんはまるで子猫がはじめて毛糸球を見つけてじゃれているかのように、僕の話に真剣に耳を傾けてくれた。そして「このあとどこに行くの?」と少し照れくさそうに聞いてきた。
「もし迷惑でなければ僕が家でスパゲッティを作るというのはどうですか」
佐伯さんはにっこり微笑みながら「もちろん」と言った。店内にはボブ・ディランの『風に吹かれて』が流れていた。
あとがき

©PHOTOGRAPH NOBUYOSHI ARAKI
物語はファンタジー性を兼ね備えている作品も多い。しかし、その物語のファンタジー性や謎を解明するのではなく、読者に多くの想像力をゆだねてくれる。
それぞれの解釈の余地を残してくれると言ってもいいだろう。そうして読者はいつのまにか、村上春樹の描き出す魅力的な登場人物や、独特な文章に魅せられてハルキワールドにどっぷりと惹きこまれていく。
僕が書いた『スウェーデンの森』はおせじでもうまく書けたとは言えないし(佐伯さんと僕のやり取りがどうしてもうまく書けない)ファンタジー性はないのだけど、ハルキ感をたっぷり意識して書いたつもりだ。
村上春樹を読んだことがある人には、クスっと笑える場面がひとつでもあっただろうか。あるいはこれなら自分でも書けそうだと思ったのだろうか。
タイトルはもちろん『ノルウェイの森』から拝借させてもらった。ここではホームセンターだが、スウェーデンからIKEAをイメージしてもらえたらと思いつけた。
少しでも楽しんで頂けたのなら僕としてこれ以上幸せなことはない。
文体模写―もし、村上春樹がホームセンターでアルバイトをしていたら―
完璧な文章は存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。
ボーイング747のシートより窓の外を眺めながら―
僕が薦める村上春樹ベスト3選
海辺のカフカ
10作目の長編小説。 フランツ・カフカの思想的影響のもとギリシア悲劇のエディプス王の物語と、『源氏物語』や『雨月物語』などの日本の古典小説も随所に散りばめられている。
15歳の僕が家出をして四国にある図書館で暮らし始める物語と、ねこ探しをしているナカタさんという老人の物語とが同時に進んでいく。
僕が図書館で出会う大島さんという人物が、思慮深く博識でとても魅力的だ。
※村上ファンの方は当に気付いていると思われるが、「佐伯さん」はこの物語からお借りした名前。
ノルウェイの森
村上春樹の代名詞といってもいい。限りない喪失と再生を描き新境地を拓いた長編小説だ。こんな世界(言葉では言い表せない)を生み出す作家は村上春樹しかいないであろう。
過激な描写や若者たちの生と死の交錯、精神病院のことなど当時としてはセンセーショナルだったのではないかと思う。究極の恋愛小説であり、青春の重苦しくも輝かしいきらめきに心震える永遠の名作といえる1冊である。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド
舞台が異世界であるにも関わらず、日常じみた描写が面白い。高い壁に囲まれ外の世界と遮断されている街「世界の終り」。記号士である私が、老科学者から動物の頭骨をプレゼントされたことから理不尽が起こり始める「ハード・ボイルドワンダーランド」
2つの物語が交互に進んでいきます。(海辺のカフカと一緒)
春樹らしさ全快のこの小説のメッセージをどう受け取るかは君の自由だ。
京都府京都市伏見区に生まれ、兵庫県西宮市・芦屋市に育つ。早稲田大学在学中にジャズ喫茶を開く。1979年、『風の歌を聴け』で群像新人文学賞を受賞しデビュー。1987年発表の『ノルウェイの森』は2009年時点で上下巻1000万部を売るベストセラーとなり、これをきっかけに村上春樹ブームが起きる。代表作に『羊をめぐる冒険』、『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』、『ねじまき鳥クロニクル』、『海辺のカフカ』、『1Q84』などがある。それらの作品は、50ヵ国語以上で翻訳されている。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』




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