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映画『ナポレオン』ー英雄か、悪魔かーアカデミー主演男優ホアキン・フェニックスが魅せるナポレオンに注目

映画『ナポレオン』が2023年12月1日(金)に公開される。
2001年アカデミー賞で作品賞・主演男優賞など5部門に輝いた映画『グラディエーター』を手掛けた巨匠リドリー・スコットが監督を務める。
ナポレオン役には、続編の公開も予定されている『ジョーカー』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した名優ホアキン・フェニックスが演じる。
ホアキンは『グラディエーター』でラッセル・クロウ演じる将軍マキシマスと対峙する皇帝役を務めており、同作以来のふたりのタッグに注目が集まる。

ナポレオン1

映画『ナポレオン』のあらすじ

1789年。
自由と平等を求めた市民らによってフランス革命が起こる。絶対王政が崩壊しフランス国内が大きく揺れ動く中、軍人ナポレオン(ホアキン・フェニックス)はカリスマ性と才覚で大きな活躍を見せる。
ナポレオンは軍を率いてヨーロッパ遠征に次々と赴き戦争を繰り返し、ついには皇帝に即位しヨーロッパ大陸を手中に収めていく。

また妻となるジョゼフィーヌ(ヴァネッサ・カービー)との波乱万丈な関係にもスポットをあてる。ふたりのラブストーリー色も添えフランスの英雄ナポレオン・ボナパルトの人物像を新解釈で描く歴史スペクタル。
皇帝ナポレオンの真の姿とは?彼の半生に迫る。

ナポレオン2


ナポレオンの生い立ち

ここでナポレオンの生い立ちについて少し書いていきたいと思う。

ナポレオン・ボナパルト(出生時ルイ・ナポレオーネ・ディ・ブオナパルテ)は1769年イタリア沖に浮かぶコルシカ島で生まれる。ブオナパルテ一族はイタリアのトスカーナ地方に起源を持つ貴族であり、16世紀ごろにコルシカ島に移り住んできた。

ナポレオンが生まれる一年ほど前、コルシカはフランスによって占領されていた。ナポレオンの父であるカルロ・ブオナパルテは元々はコルシカを支援するなどしていたが、フランスに占領されてからはフランス側へつくことになる。
そのことによりフランス貴族と同等の利権を得たことで、父カルロは幼いナポレオン(当時9歳)を神学校に通わせるためにフランス本土へ送ることにする。

しかし、ナポレオンはすぐにブリエンヌ陸軍幼年学校に転校する。そこで抜群の成績を収めたナポレオンはその後、パリの陸軍士官学校へ入学する。
通常では卒業までに4年かかるところをわずか11ヶ月という速さで卒業した。ナポレオンの稀に見る才能はこの時から見られた。

ナポレオンは何をした人なの?

馴染み深い歴史上人物であるナポレオンは実際のところ何をしたのか?ここでは簡単に紹介する。

フランス初代皇帝
フランス中央銀行を創設し経済の安定化
ナポレオン法典による民法の制定
宗教の自由を規定

などが大きく挙げられる。

ナポレオン戦争とアルプス越え

1796〜1815年にナポレオンによって繰り広げられた一連の戦争をナポレオン戦争という。ナポレオンが生涯で率いた戦いは61とされる。
ナポレオン戦争はフランス革命と並びヨーロッパにおける重要な歴史的出来事だ。

24歳で砲兵隊長になり、27歳で最高司令官に任命。ここからナポレオンの快進撃は始まる。

1798年 ピラミッドの戦いでマムルーク騎兵に大勝
1799年 タボールの戦いでトルコ軍を撃破
1800年 マレンゴの戦いでオーストリア軍を撃破

『サン=ベルナール峠を越えるボナパルト』(※『アルプスを越えるナポレオン』とも呼ばれる)非常に有名な絵はこの頃のナポレオンをモデルに描かれる。

サン=ベルナール峠を越えるボナパルト

©wikipedia

1805年 アウステルリッツの戦いでオーストリア・ロシア軍に勝利
1806年 イエナの戦いでプロイセン軍に勝利
1807年 ポルトガル征服
1808年 スペイン征服

1813年 ライプツィヒの戦いでプロイセン、オーストリア、ロシア、スウェーデンの連合軍に敗北。
1815年 ワーテルローの戦いでイギリス軍に敗北し、セントヘレナ島へ流刑となりナポレオン戦争は終結する。

ナポレオンの名言と圧倒的な強さ

ナポレオンのあまりにも有名な名言を紹介したい。

「私の辞書には、不可能の文字はない」
「不可能という言葉は愚か者には妄想、臆病者には逃げ口上、権力者には無能を語る言葉である」

ドイツの詩人であるヨハン・ゲーテは当時の彼を
彼の生涯は戦いから戦いへ、勝利から勝利へ、神のごとき歩みであった。彼は空前絶後の人物であると称している。

またナポレオンが強かった理由として「戦略」と「優秀な指揮」が挙げられる。

圧倒的な自信を備えているナポレオンは
「敵の銃弾は私を避けていく!」と叫び、自ら先頭に立ち戦っていたそうだ。
そんな彼のカリスマ性に全軍の士気は高まっていったのでしょう。

ナポレオンの没落

ジョゼフィーヌとの離婚や徴兵制の導入などで国民から批判されるようになり、精神的な不安を抱えていた当時の彼はあらゆる病気に罹っていたと言われている。
そんな背景での1812年のロシア遠征がナポレオンの没落のきっかけだったことは間違いないであろう。

またロシアの地や気候を把握しきれてなかったとも言われ、彼はこの遠征で50万人の死者を出してしまう。
このことからさらに国民から攻撃されることになり、1814年、皇帝退位をしてエルバ島に送られる。

しかし、その一年後1815年に自らパリに戻ってきて再び皇帝の座につくものの、またもやワーテルローの戦いで大敗する。今度はセント・ヘレナ島に追放。
そこで彼は晩年を過ごし、1821年51歳という年齢で生涯に幕を閉じる。

映画『ナポレオン』の見どころ

ナポレオンについて少しでも知っておくと映画『ナポレオン』をより一層楽しむことができるだろう。
リドリー・スコットによる『ナポレオン』はこれまでナポレオンを題材にした数々の作品と違い、彼の私生活をメインに描いている。

ナポレオン4

若くして急死した俳優リバー・フェニックスを兄に持つホアキン・フェニックス。
彼が一体どんなナポレオンを演じるのかが最大の見どころであろう。

2019年の映画『ジョーカー』でアカデミー主演男優賞を受賞した際には、ホアキン・フェニックスの狂気の演技に世界中が熱狂したことは記憶に新しい。
監督のリドリー・スコットはホアキン・フェニックスについて「これまで一緒に仕事をした中で最高の俳優の1人」と述べている。

ナポレオン3

「私はホアキンを見つめながら『この小さな悪魔はナポレオン・ボナパルトそのものだ』とホアキンのナポレオンを称賛している。
それでもホアキンは役づくりに悩みナポレオンに関する膨大な量の書籍を読みあさったという。
10日間かけてひとつのシーンについてスコットと話し合うこともあったそうだ。

また予告編によるとフランス革命やアウステルリッツの戦いといった迫力あるシーンも大スペクタルで描かれている。
ナポレオン6
やはりこれらの戦いの描かれ方も注目ポイントだろう。
撮影カメラは11台、集められたエキストラの人数は8000人と多額の製作費が注ぎ込まれている。

またリドリー・スコット監督の『グラディエーター』は音楽も壮大で作品に魂を添えるほど素晴らしかったので、『ナポレオン』も音楽に耳を傾け注目したいと思う。

映画館の大スクリーンで見てこそ、臨場感あふれる感動を体験できるであろう。我々もナポレオンの生きた時代にタイムスリップしようではないか。
2023年12月1日(金)から全国公開される。

ナポレオン5

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映画『ナポレオン』オフィシャルサイト | ソニー・ピクチャーズ

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