見ぬふりしないで 継父から虐待…「心配してくれた人いたから、今生きている」

 大人は虐待を見て見ぬふりをしないで——。父親から虐待を受けた千葉県野田市の小学4年、栗原心愛(みあ)さん(10)が死亡するなど、親から虐待を受けた子どもが死傷する事件が全国で相次いでいる。少年時代に継父から壮絶な虐待を受けたという東京都練馬区のアルバイト、木嶋祐太さん(32)は、自身の体験を心愛さんの事件に重ね「周囲がもっと気をつけていれば救えたのではないか」と唇をかむ。


 ◇「学校も警察も助けてくれなかった」

 母親の再婚で同居するようになった継父に、小4のころから虐待を受けた。風呂の水に顔を押しつけられる。頭にビニール袋をかぶせられて正座をさせられエアガンで撃たれる。ライターの火でやけどをさせられる。棒でたたかれて全身にミミズ腫れができ、「お前なんか生きている価値はない」と暴言も吐かれた。経済的にも精神的にも継父に頼り切りだった母親は、最初はかばってくれたが、次第に一緒に殴るようになり、食事を抜かれることも多かった。

 「助けてください」。小5の時、近所の交番に駆け込んだ。だが、迎えに来た両親は「悪いことをした息子のしつけのためだ」と言い張り、家に連れ戻された。その後、別の交番にも助けを求めたが、警察官に「何もしてあげられないから帰りなさい」と言われた。通っていた小中学校の担任や校長にも虐待を告白したが、継父と面談後、教師らから「お前が悪い」と言われた。「所詮は人ごとで、事なかれ主義だ」。警察も学校も信じられなくなった。

 救ってくれたのは、近所の大人たちだった。虐待を打ち明けた酒店の女性や同級生の母親が家に招いてご飯を食べさせてくれた。そして、児童相談所に通報してもらい、中3で児童養護施設に入所し、ようやく継父から離れることができた。

 18歳の時に施設を出てから今まで職を転々としてきた。「今でもふとした時に虐待の記憶がよみがえるとつらい」。心的外傷後ストレス障害(PTSD)やうつと診断され、相手とうまくコミュニケーションが取れない。継父は施設を出るころに亡くなり、母親とは連絡を取り合うが、親とは思えないという。

 野田市の事件では、心愛さんが学校のいじめアンケート調査に父親からの暴力を訴えたにもかかわらず市教委が父親にアンケートの写しを渡していた。県柏児童相談所も暴力はなかったと心愛さんにうそを書かせた書面を父親から見せられた直後に心愛さんを自宅に戻す判断をしていた。

 木嶋さんは「(市と児相は)父親との関係を重視しすぎて肝心の子どもの声を聞いていなかった。小4はまだまだ助けを求めにくい年齢だ」と指摘する。その上で、「自分が今生きているのはあのとき心配してくれた人がいたから。どこかで誰かが少し動くだけで結果は違う。大人たちは虐待を見て見ぬふりをしないでほしい」と訴える。【町野幸】

引用元:BIGLOBEニュース

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