44歳ひきこもりの息子を殺害…元農水次官77歳はなぜ「無罪」を主張したのか
19年6月、練馬区の自宅で同居する長男(当時44)を刺殺したとして、殺人罪に問われた元農水次官・熊沢英昭被告(77)。2月2日、東京高裁は懲役6年の実刑とした一審判決を支持し、被告側の控訴を棄却した。
社会部記者の解説。
「発達障害を抱えていた長男は無職で引きこもり状態でした。熊沢夫妻は長男が学生だった頃から、彼の家庭内暴力(DV)に悩まされてきた。
長男はしばらく一人暮らしをしていましたが、事件の1週間前に実家に戻っていました。しかしDVは繰り返され、耐えかねた熊沢は、長男の首などを包丁で幾度も突き刺し、失血死させたのです」
妹の自殺…公判で明かされた熊沢家の内実
公判では、DVを重ねる長男によって瓦解した熊沢家の内実が明かされた。
「熊沢の妻・A子さんの証言によれば、妹は兄の存在が原因で縁談が破談となってしまい、数年前に自殺したといいます。A子さん自身も18年12月に自殺を試みたが、未遂に終わった、と。涙を浮かべて『刑を軽くして下さい』と訴えていました」(同前)
それだけに、裁判員の同情も集まるかと思いきや、「熊沢の供述には不自然な点がありました。『息子に“殺すぞ”と言われ、本当に殺されると思った。夢中でもみ合った』などと説明しましたが、傷の状況から一方的に攻撃を加えたことは明らかで、裁判員も供述の信用性に否定的だった。ただ、情状酌量の余地があるとして、殺人罪としては比較的軽い懲役6年の判決が下されました」(同前)
ところが弁護団は、熊沢の「了解を得た」として控訴する。しかも、ここで作戦を変更。「無罪」に主張を一転させたのだ。
「正当防衛が成立する」という予想外の展開
「これは、予想外の展開でした。新たな主張は『長男に殺されると思って反射的に殺害した』。つまり『正当防衛が成立する』と訴えたわけですが、そのストーリーは一審でほぼ否定されています」(同前)
弁護団は一審で正当防衛を正面から主張しなかった理由を「裁判員裁判の特性を考慮した」と説明したが、
「特性を考慮するなら、熊沢に素直に供述させておけばよかった。結局、高裁も『現実的な危険が差し迫っていたとは言えない』と判断し、正当防衛の主張を退けたのです。熊沢は判決後、裁判長による最高裁への上告の説明を頷きながら聞いていました」(同前)
長男が事件の1週間前まで、3年間にわたって一人暮らしをしていたのが、高級住宅街・目白。330平米超の広大な土地の一角に建つ2階建ての木造住宅だ。この土地は、実家が資産家のA子さんが父親から相続したもの。「土地だけで3億は下らない」(不動産業者)とされる。
あれから2年。今も「3億物件」はA子さんが所有したまま、哀しく佇んでいる。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2021年2月18日号)
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