長男刺殺の元農水次官、保釈認めた裁判官は「元同僚」の奇縁

 今年6月、東京都練馬区の自宅で長男を殺害したとして、東京地裁で懲役6年の実刑判決が下された元農林水産事務次官の熊沢英昭被告が、12月25日、東京高裁に控訴した。弁護団は控訴の理由について「判決には事件に至った経緯・動機について、量刑に大きな影響を及ぼす事実誤認がある。事実に基づいた適切な判決に服することが本当の償いになると申し上げ、本人の了解を得て控訴に至った」としている。


 弁護側は、第一審公判で、殺害された長男・英一郎さんによる壮絶な家庭内暴力が、事件の背景にあったと主張し、執行猶予付き判決を求めていた。証人として出廷した熊沢被告の妻も、肋骨にヒビが入る重傷を負わされるほどの壮絶な暴行を日常的に受けていたことを証言。さらに、英一郎さんの存在が原因で、幾度となく縁談が破棄された妹が、絶望の末に自殺していたことも語られた。

 事件の背景が明らかになるにつれ、世論からも同情的な声が上がるようになっていた。第一審の判決後に退廷しようとする熊沢被告に対し、検察官が「体に気をつけてください」と声をかける一幕もあったほどだ。

 そうした事情を加味しても、熊沢被告が実刑判決後に保釈、そして控訴したことは驚きをもって受け止められた。殺人罪で実刑判決が下された被告人に保釈が認められることは異例なのだ。

 第一審判決の直後、弁護団は保釈を申請したものの、東京地裁に却下されている。その後、弁護団は東京高裁に抗告。結果、東京高裁の青柳勤裁判長が、東京地裁の決定を取り消し、保釈金500万円での保釈を認めたのだ。

 被告が高齢であることが考慮されたともいわれているが、異例の保釈決定の裏には「奇しきめぐりあわせ」が影響した可能性があったかもしれないという。大手紙の司法記者が話す。

「熊沢被告に異例の保釈を認めた東京高裁裁判長の青柳氏は、かつて被告の同僚として同じ職場で働いていたんです。青柳裁判長は、入所7年目だった1987年に裁判官に与えられている『外部経験制度』によって農林水産省食品流通局に2年間の研修に出ています。その時、同局にいたのが入省21年目だった熊沢被告です」

 両者が1987年からの2年間、同じ食品流通局に在籍していたことは、当時の「農林水産省職員録」(協同組合通信社)および2010年刊の「全裁判官経歴総覧」(公人社)確認することができる。

 さらに、元農水省職員で、同局に出入りすることも多かったという男性からも証言を得ることができた。

「熊沢被告は砂糖類課長、青柳氏は企画課長補佐というポジションだったので、直属の上司部下ではありません。しかし、同じ食品流通局の同僚だったことには変わりない。当時、同じ部屋で机を並べ、毎日顔を合わせる関係だったと記憶しています」(元農水省職員の男性)

 一方で、熊沢被告の保釈審査を、かつての“同僚”が担当することは、公正が求められる司法のプロセスとして適切だったのか。東京高裁広報係に質すと「事件の配転(※裁判官の配置転換)は事務分配規定に基づいて行われるとしか申し上げられません」との回答。熊沢被告と青柳氏の縁故を把握していたかどうかについては「法解釈に関する事項なのでお答えできません」とのことだった。

 第二審で熊沢被告の量刑が見直される可能性はあるのか。弁護士法人ダーウィン法律事務所の岡本裕明弁護士は話す。

「実刑6年ということは、出所する頃に被告人は80歳を超えることになります。そう考えると、わずかでも可能性があるならと、執行猶予付き判決を求めて控訴することは妥当と思われます。ただ、裁判員裁判で下された判決を、量刑不当を理由に覆すのは非常に難しいように思います。ちなみに検察は控訴しないと見られますから、争われるのは執行猶予が付くかどうか。一審判決より量刑が重くなることはないでしょう」

 東京高裁による「異例の保釈」も熊沢被告の控訴を後押しした可能性がありそうだ。

「被告人は保釈されているので、控訴審の公判中は自由の身で、奥さんとともに生活できるはずです。もし控訴審でも実刑判決が維持されたとしても、それまでに身辺整理をすることができます。その時間は夫婦で過ごすことのできる大事な時間となるはずです」(岡本弁護士)

 今、熊沢被告の心にあるのは、高官としての栄光と家庭の瓦解を共にした、妻との人生の「終い方」なのかもしれない。

●取材・文/奥窪優木(ジャーナリスト)

引用元:BIGLOBEニュース

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